あの…
つたわるかどうか、わからないのですが
仙台で、自分が住んでいる仙台で
やはり地元の畑から、直接お客さんのとこに
無農薬無化学肥料の野菜を届けたいからというのは、
安全とか、安心とか、顔がみえるとか、
地元のものをとか、そういうわかりやすいこともですが、
いわば美学のような感じなんです。
。
大きな自然という枠のひとつの季節の中でできたものを
自分が、あのひとと、このひとと繋ぎたいという…。
だから、配達というのは完成させる最後の芸術かもしれません。
仙台に同じようにつながれる仲間がいないのはさびしいですけど、
お客さんが支えてくださることがありがたいし
おとうふみたいに取り扱うのにある程度の量を必要とするとき
お客さん増えるといいなあと、ただ思います。
ぼくは自分がいいと思うままに動いているのですが
買ってくれるかたが増えるというのは、それを理解してくださるかたが、
世の中になんにんか増えるということのような気がして、
それでいいよって。社会から浮いていますが、そんな風に
認められる気がしてうれしいのです。